2012年1月21日 (土)

【b10】竿飛びの伊崎寺

沖島から船で戻った後、港からすこし南に行ったところの近江八幡休暇村で、昼食をとりました。私としては「これでこの値段?」で不満足の近江牛丼でした。Photo

その後再び堀切港まで戻り、伊崎山の登山口の階段を登りました。この山は一時カワウの糞害で枯れそうになったようです。今山とカワウを守るため共生の道が探られているようです。整備されたハイキング道路もその一環です。Photo_2

山の最高点から北に向かい、道が広くなったと思う間もなく、突然山の中と思えないほどの広い場所が出現しました。新しい建物はやがてお寺の庫裏だとわかりました。その庫裏の前をとおって本堂に出ます。伊崎寺です。Photo_3

そして本堂右側の道を進むと、琵琶湖に面した絶壁です。琵琶湖に向かって開いたお堂。その下方に、湖に向かって伸びる一本の長い角材。毎年8月、さお飛の行事が報じられますが、現地を見るのはこれが初めてです。資料では角材の長さは13m、海面からの高さは7mだそうです。Photo_5わっ!ここから飛び込むの・・・

 棹飛びの棹は映らず冬の湖  あおめ

山を半周した感じでふもとに下りました。山歩きを軸としてたくさんの珍しいことを見聞し、天候に恵まれた素晴らしい一日でした。

2012年1月20日 (金)

【b10】沖島散歩

沖島のケンケン山を下りてひとまず港に帰りました。10時10分の船はすでに出ていて、次は12時00分です。乗り遅れたのではなく、もう少しこの島を探検したかったのです。港は近江八幡市側(東)にありますから、西側も少し歩くことにしました。

コミニティセンターの近くをとおって細い路地を入っていきました。案内人なしでは迷子になりそうです。Photo

路地を抜けるともう島の反対側。対岸は大津市なのでしょう。雪をかぶった比良山系が「えり」の向こうに見えます。Photo_2

湖岸の道沿いに桜が植えてあって、湖面に触れるくらい枝か張り出していました。春には桜のトンネルですね。Photo_3

島は平地が少ないので、畑はあまりありませんが、斜面にビワの木とミカンの木がたくさんあるように思えました。ビワはいま花が咲き始めたところですが、ミカンのほうはよく色づいた黄色に見えました。畑仕事をしていた老婦人に「みんなで分け食べたいので、一ついただけないでしょうか」と交渉して、結局数個も頂戴してしまいました。甘夏と、八朔だそうです。時期的にまだ早いとおっしゃっていましたが、とてもおいしくいただきました。Photo_4

甘夏を堪能して引き返します。途中に下水処理場がありました。ここは県下でも極めて早く下水施設が整ったそうです。

港のすぐ前の沖島漁協まで帰ってくると、魚をさばいておられました。大きな魚が置かれていたので話を伺うとかの悪名高い「ブラックバス」だそうです。口を開けて魚を飲み込んでいるのを見せてくださいました。ブルーギルもいました。これまで捨てるだけだったブラックバスも、少し流通に乗るようになったそうです。Photo_5

沖島には自動車はありません。Photo_6 …というか自動車の通れる広い道路がないのです。住民の足は二輪自転車か三輪自転車です。どちらかというと三輪車のほうが多く見かけました。それは荷物を積んだとき安定しているからではないでしょうか。昼間、島で見かけるのはほとんど高齢者で、三輪自転車で畑へ出かけたり、荷揚げした魚を運んだりされていました。

こうして4時間足らずの滞在でしたが、湖の中の人の住む島「沖島」を楽しみました。当日は風もなく暖かな天候で、瀬戸内海の島を思わせる穏やかさでしたが、ほかの方の撮った真っ白に雪をかぶった写真を見て、こんな楽園のような日ばかりではないのだろうと思いました。

 バス積んで帰る漁船や雪しまく  あおめ

2012年1月19日 (木)

【b09】沖ノ島

「おきのしま」といえば日本各地にありそうですが、滋賀県では琵琶湖の中にある「沖島」です。湖の中にある島に人が住んでいるのは日本ではこの島だけです。(世界的にもあまりないそうです)この島の山を歩こうと出かけました。

近江八幡市の、休暇村に近い堀切港から船が出ます。Photo

10分の航海で島につきます。漁船がいっぱいです。Photo_7

島にある山は通称「ケンケン山」と呼ばれています。標高210mの山です。(琵琶湖の水面の標高(86m)を考慮するともっと低くなります)民家の間をとおって階段を上り、お墓の前を通ります。お墓は湖にむかって道沿にほぼ一列になっているので、ずいぶん長い墓地です。墓地の終わりごろから島の中心に向かって登りました。

集落を出てちょっと反対方向に寄り道をして20分足らずで「お花見広場」に着きました。冬芽をいっぱいつけた桜の木があって、4月の華やかさが想像されます。Photo_2

さらに登っていくと、ブランコのある広場に到着。(たぶん○○広場と名付けられていたはずだけど、見落としてしまった) このあたりで一行は「フユイチゴ」に捕らわれてしまいました。道の両側に真っ赤に熟れた冬イチゴが群生していて、摘むのに夢中の人が出てきました。Photo_3

イチゴ摘みをしながらのゆっくりとした行程でも、1時間足らずで最高点に到着。(三角点は広場より10mほど離れた所)少し木立が邪魔をするものの琵琶湖の東西が眺められた。縮緬を思わせる穏やかな湖面が光を受けて輝いていて、漁船の水脈がきれいな模様を描く。Photo_4

 島離るる魚船の水脈や冬の凪  あおめ

最高点からの下山はシダの茂る道をとおって、かなりの急降下。明るいところに出たと思ったらもうそこには琵琶湖の水が足元まで来ていました。水仙が満開でした。

 耕せぬ土地埋め尽くし水仙花  あおめ

岸沿いの道を集落と反対方向に行くと、船から見えた赤い鳥居のところに行き着きました。きれいな且つ急な階段を上ると「厳島神社」の社があり、弁財天が祀られているようです。Photo_6

引き返して集落の戻ると、小学校のグランドで、カモが遊んでいました。15mぐらい離れた所をとおりましたが、カモたちは飛び立つそぶりもありません。Photo_7

これでとりあえず沖島の山登りはおしまいです。「とりあえず」というのは、まだ楽しいことがあったからです。それは日を改めて【b10】に持ち越すことにします

2012年1月17日 (火)

【b08】冬晴れ

内陸の県といえ、滋賀県北部は日本海側の気候といえる。冬は鉛色の雲に覆われることが多い。朝のうち晴れるかなと思っても、昼ごろから西の黒雲に侵略される空なです。

ところが、珍しく今日は「快晴」といえるような青空が午後になっても崩れてこなかった。こんな日は、南向きの部屋の中は温室のような温かさになる。うつらうつら居眠りするのも心地よい。しかしせっかくの晴れ、家の中で過ごしてしまうのももったいない気もする。

というわけで、マイホームグラウンドの里山に、年末雪が降って以来初めて入りました。一部雪が残っているものの、軽登山靴で困ることもありませんでした。林道入り口にはビワの木が花をつけていた。雪の中でひっそりと咲くさびしい花だ。Photo

林道を離れて送電線の監視路から尾根に出る。急な登りになるがってっとり早く登れるので気に入っているコースです。実をつけたままの草木がたくさんある。途中で獣の糞の中に種がいっぱいあるのを見たが、これらは鳥や獣のエサにはならないのだろうか。Photo_2

尾根に出ると風が冷たいが、それ以上に体かぽかぽかで着ている服を減らす。尾根道ではカマキリの卵を見つけました。カマキリは雪の多い年は高くに卵を産み付けると聞きましたが、これはあまり高いところではありませんでした。この間の雪で埋もれた高さです。しかし泡の固まった「卵鞘」は、いかにも防寒効果が高そうでした。その卵のすぐそばに、赤い冬芽が伸びていました。Photo_3

頂上には雪が残っていましたが、その上は足跡でいっぱい。この半月の間にたくさんの人が訪れたようです。北のほうを見ると、先日歩いた大依山が見えます。【b07】 姉川の古戦場を反対側から見ていることになります。Photo_4

下山は西尾根を歩きました。途中の見晴らしの良いところでは「沖ノ島」も見えます。先日の八条山からとは少し方角が変わります。【b06】Sima

沖ノ島を見た後は日当たりの悪い林道歩き。あまり好きなコースではないのですが、ショウジョウバカマがたくさん咲く場所があります。さて今年はどうかなとみると、花が咲くのはまだまだ先のようでした。小鳥の鳴き声がたくさんするのですが、足音に気付くと警戒するような鳴き声が上がり、たちまちどこかへ行ってしまいます。危害を加えるつもりはないだけど・・といってみてもムダ。Syouzyoubakama

1時間半の楽しい散歩でした。

2012年1月12日 (木)

【b07】八条山散歩

前日の天気い予報は、朝ひどく冷えて氷点下と言っていたので、仕事がないのを幸いと朝寝を決め込んだ。起きてしばらくしたころ、真っ青な空が広がって、日差しが家の奥まで入り込んできた。こうしちゃいられないと、用事を片付けに出かけ、その帰り道に、ちょっと道草。

道草の先は「八条山」。このあたりの上水道は、琵琶湖の水を水源としているが、高い土地には一旦ポンプアップしてから送っている。そのポンプアップして各戸に配っている所が八条山で、山腹の施設周辺は公園になっている。

期待した通り雪はなくなっていて、スニーカーでも歩くことができた。登りはほとんどが階段。険しい山道は苦しいけれどどこか楽しい。しかし人工の階段は、整備されているほどつまらないし、つまらなさは疲れを覚える。八条山の階段は、少し崩れかけている所に救いがあると思う。

あっという間に頂上。やはり琵琶湖の西側は曇っていて山の頂が見えない。頂上から尾根を歩いて散歩コースを回っているうちに、その西側の雲が琵琶湖を越えてきたので、何も持たずに来たことを悔やんだ。しかし青空がなくなっただけで降ることはなかった。写真は頂上付近。少し雪が残っている。Photo_2

最後の展望台で琵琶湖の沖島の写真を撮った。来週この島の山に登る予定になっている。湖の中の島で人が住んでいるのは日本ではこの沖島だけで、世界的にも珍しいそうだ。Photo

2012年1月11日 (水)

【b06】姉川古戦場展望

寒くなって、会社勤めがなくなると・・・・・
「寒いなあ、散歩に出るのは、もうちょっと暖かくなってからにしよう」
「あーあ、散歩しないうちに暗くなっちゃった。今日は散歩なしだなあ。一日ぐらいいいさ」
という日が、一日増え、二日増え。

この間までベルトがないとずり落ちていたパンツが、なんだかちょうどいいサイズ。これってヤバイんじゃない。今ちょっと焦っています。

さてそんな日、買い物に出かけたついでに「大依山」を歩いてきました。以前にもこのブログで登場した大依山は、姉川の合戦で浅井軍が陣取ったところです。(大依山社より古戦場を見る)3

 

雪が残っているかと思っていましたが、南斜面に加え落葉樹が多く日当たりがよいので、ほとんど雪は残っていませんでした。浅井長政の陣跡まで歩きました。25

風がなく暖かで、小鳥の声が賑やかでしたが、姿を捕らえることができませんでした。ヨソゴと思われる赤い実があちこちに見られました。鳥が食べにこないのは有毒なのでしょうか。924 

2012年1月 7日 (土)

【b05】中山道と朝鮮人街道(@野洲市)

昨日磨崖佛を見に行った帰り道、地図上に旧街道の表示があったので歩いてみました。地図は野洲駅前の、観光案内所と思われるけれど無人の軒先でゲットしたものです。はじめはあまり役に立たないなあと思っていましたが、なかなかどうして、ずいぶん助けてもらいました。

まず「中山道」。稲荷神社の近くから国道8号を外れて街中に入りました。まっすぐじゃなくカーブしながら進んでいるところとか、いかにも旧家と思われる屋敷が現れるところが、古い街道と思えます。P1020911 P1020913

駅前通りとぶつかった地点で、駅に向かう進路をとったのですが、ふと地図を見ると「朝鮮人街道起点」とあります。もっと北の朝鮮人街道は通ることがありますが、「起点」と言うのは見逃せません。急遽針路変更です。

朝鮮人街道の起点というのは、言い換えると中山道との分岐点ということです。先程の中山道を駅の方にそれず、そのまま進むと行き着く場所でした。景観的には目立った特徴はありませんでしたが、市商工会が設置した標識がありました。P1020920 P1020919 左が朝鮮人街道右が中山道

Photo
この二つの旧街道を歩くという磨崖佛見学のおまけは、歩いていたから出来たことでした。車で来たら、すんなりと通過してしまうところです。目的手まで運んでくれる自動車は便利ですが、予期しない楽しみの数を減らしているのかもしれません。

2012年1月 6日 (金)

【b04】磨崖佛(@野洲市)

正月休みがあと一日。ダラダラ過ごすのはきのうやってしまったから、今日は出かけることにしました。一昨日からの寒波で、湖北地方は雪で真っ白です。でも湖南まで行けば雪なんてないはず。・・・と、先日の太郎坊山登山を思い出して、行き先を決めました。

野洲市は、銅鐸がたくさん出土して、考古学的に注目されているところですが、最近は京都、大阪のベットタウンとして飛躍的に発展している街です。ここに「磨崖佛」があって、前々から行きたいと思っていました。友達を誘っても、もう行ったことがあると振られてしまい、いよいよ自分ひとりで行くしかないと覚悟を決めました。今回の目的は念願の磨崖佛を見ることです。

車で行くか電車にするか迷いましたが、駅から30分とあったので、電車にしました。ず~っと雪景色の中を進んで、近江八幡のアナウンスがあった頃から急に雪がなくなりました。野洲駅を下りたのは、11時過ぎでした。駅でお昼の弁当を買って野洲中学校に向かって進みました。この学校の裏に磨崖佛があると聞いていたからです。「このまま行くと中学校に入ってしまうよ」というところで、部活帰りの生徒さんを捉まえて聞いてみました。一人が一度行ったことがあると教えてくれました。1

学校の正門前で左に行くと、磨崖佛見学者の駐車場の案内があり、そこからは案内板に従って進みました。獣害防止のための柵が設けられていて、行き止まりかと思うことが度々ありましたが、すべて簡単にはずせるようになっていました。

福林寺跡の磨崖佛は、小さな磨崖佛が何体もありました。大岩に何体も彫ってあるものもあります。説明板によると、室町時代の作品ですが、立派なものは持ち去られたとありました。長い風雪でもはや目鼻立ちも定かでないものや、土に半ば埋もれているものもあります。2 3 4 一通り見終わってなんだか物足りないなあと思っていたとき、「妙光寺山磨崖佛」と言う案内に気付きました。危うく見逃すところでした。一人で歩くと「先達はあらまほしきかな」(徒然草)をしみじみ感ずることがしばしばです。5

案内に従って山裾の道を進んでいると「田中山登山口」と小さく書かれていました。見上げると頂上に巨岩が見える実に魅力的な山です。山の高さは300mほど。ちょっと寄り道することにしました。

墓地の横を通って登山道(ハイキング道)がついていました。小さな山と思っていましたが、たちまち汗ばんできます。琵琶湖の向こうに比良の山々の銀嶺が清冽な姿を見せています。斑雪があります。巨岩のある頂上に着くと、(俵藤太のムカデ退治で有名な)三上山のきれいな三角形が見えます。6 10

さて引き返すかなと見ると、その先へ進む矢印に「田中山・三上山 北尾根縦走路」とあります。地図を見てみると磨崖佛とは方向違いと言うわけでもなさそうなので、このまま前進することにしました。尾根歩きの好きな私にはなかなか快適なコースでした。

一旦下の道路に降りて今度こそ妙光寺山磨崖佛に向かわねばなりません。下っていくと大きく看板が出ていました。人家のすぐそばが入口です。400m山を登ると「岩神さま」の岩屋がありさらに進みました。11

柵のあるところまで来て何気なく上を見て「あっ!」そこには大きな磨崖佛があったのです。お地蔵様の身の丈は160cmあるそうです。回りの四角く彫り下げられたところが畳一畳ほどだと書いてありました。遠くを見つめている様子に、今登ってきた田中山かなと思いましたが、そこより少しずれているようです。いったいどこを見つめられているのでしょう。13

一点を見つめ小寒の磨崖仏  あおめ

登山道はまだ先に続いていて、妙光寺山山頂や、出世不動への案内板がありましたが、ここで止めることにしました。冬の夕暮れは早く3時には下山していないととんでもないことになるからです。

長くなってしまいました。この後のことは明日にでも。

2012年1月 5日 (木)

【b03】叩き牛蒡

 婿殿のぱりぱり食める叩き牛蒡 あおめ

年賀客のない気楽な正月が長年間続いたが、今年からそうもいかなくなった。結婚した娘が連れ合いと年賀のあいさつに来る。

「初正月」というらしいが、さてさていか様にもてなしたらいいのだろうか。食べ物の好みもあまり知らない。わかっているのは魚貝がだめだということ。

てっとり早く「握り寿司」「刺身盛り合わせ」で済まそうと思っていた目論見は外れてしまった。
市販のおせちの詰め合わせも、自分で食べたくないのに勧めるのもどうかと思われる。それに四日ともなればおせちにも飽きているにちがいないし。
近くの料理屋さんの仕出しはいつも魚介満載となっている。思いついた中華系の店では、もう注文は受けられないと断られてしまった。

前日の夕方、こうなったらある材料で何とかそれらしいオードブル風の皿を作ろうと覚悟を決めた。
若い男の人だから、肉があればいいだろうと、肉メインの皿が出来上がった。そこへ形ばかりのおせち料理を加えた。たぶん手が付けられずに残るだろうと思いながらの昔からの煮炊き物。

さてふたを開けてみると、意外やその昔からのおせちのひとつがヒットした。「叩き牛蒡」が、婿殿の一番のお気に入りだった。一鉢が空になってしまった。ぱりぱりと小気味のいい音をさせてたいらげる様はきもちがいい。

婿殿が、おかあさんやおばあさんの愛情こもった料理で育てられたんだなあと感ずる時でもありました。ちなみにもう一ヒットメニューを挙げるなら、直径30センチのキャベツの葉でつつんだ特製ロールキャベツでした

2012年1月 4日 (水)

【b02】新春登山--太郎坊山--

 同好の人と山行く三日かな  あおめ

山の会恒例の新春登山。伊吹山のゴンドラが止まり車が入れなくなって三年目、今年は東近江市の太郎坊山にチャレンジ。

太郎坊山というのは、太郎坊宮阿賀神社がある山で、箕作山(372m)別名赤神山が最高峰になっている。Photo_8

登山口は山の西側から。(9:10) 石の階段を登っていくと、道の両側に石仏が祭られている。どの石仏も真新しい前掛けがかかっていて、いかにも正月らしい雰囲気がする。Photo_2

 山中の地蔵菩薩も春着かな あおめ 
写真は小さい地蔵様にもそろいの前掛け。(落葉からその大きさが推し量れるとおもう)Photo_3

 野仏の道は樟の香淑気満つ あおめ

石仏の最後には巨岩がご神体として祭られていて、麓の村の方がお世話されていた。(10:00)
Photo_6

ここから少し行くと最初のピーク「岩戸山」。尾根伝いに進むと、次のピークには「小脇城址」の案内板があり、石垣が残っている。北に昨年の新春登山で歩いた「繖山」があり、その関連の佐々木氏の城があったようだ。

そして箕作山に着く。(10:15) 西に広がる平野は「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」の紫野。万葉の時代も豊な実りがあったのだろう。Photo_4

Photo_7 最高地点箕作山ではまだ11時にもなっていなかったので、もう少し歩いて、太郎坊宮の直上の岩山まで移動する。(11:00) ここで昼食。少し風は冷たかったが、正月らしくお神酒を頂いて賑やかな食事となった。岩山そのものがご神体ということで、楊枝1本も落ちてはいないか確認して、下山する。

下山路は太郎坊宮の参道で、初詣の予定だったが、階段から続く長蛇の列を見てあきらめ、少し下からのお参りに留めた。(12:00)Photo_5 写真は初詣順路のネック部分。ひとりが通れる幅しかない岩の隙間

石段を下りた後駐車場まで少し歩いた。(12:35)

2012年1月 1日 (日)

【b01】新年

新年を迎える準備が全くできてないうちに、年が変わってしまった。正確に言えば迎春準備を先延ばしにしていて、土壇場で投げ出してしまった結果なのです。

大晦日になって、息子が帰省しました。「来年買いたいものがいくつかあるの。パソコンと、自転車と、自動車と・・・」と数え上げていたら、「パソコン、見にいこか」ということになってしまった。私一人ではどうも自信がなかった。容量が*ギガとか、intelがどうかとかいわれても、半分も理解できないから、いくらか詳しい身内がいれば、何かとアドバイスが期待できはずです

そんなわけで掃除も、おせち作りも放り出して、電気店のはしごをすることになりました。それで半日。買って帰れば、セッティングに半日。設置すれば試運転してみたくなるので、夜も潰れる。そして日付が変わったというわけです。

正月に、年賀客があれば惨憺たるものでしたが、幸いにして来客なし。お世話になったおうちに年賀のあいさつに伺えば、それで元旦のノルマ完了です。

こんなことをしていてどんな一年がめぐってくるのか、空恐ろしいような一面、わくわく感もあります。何の根拠もないわくわく感、これはいったい何なのでしょう。まだ体は動くし、子供に対す責任もなくなって、自由の幅が広がったと思うからかもしれません。

わくわく感にふさわしい一年でありますように。