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歳時記

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2016年3月 4日 (金)

【1614】神宮寺お水送り2016

東大寺お水取りに10日先駆けて、若狭神宮寺ではお水送りの神事があります。

わたしはこの「水と火の祭典」が好きで、たびたび出かけていますが、こんな素晴らしい神事を、近くにいても知らない人が多く、惜しいなあと思っていました。今年は友人2人を誘って出かけました。春まだ浅い山里の夜の寒さは、氷点下になることも当たり前、「汚れてもいい服で暖かくして来て」と念を押しました。

琵琶湖を半周して、峠を越すと若狭の国です。このあたりには、いくほんもの「鯖街道」と呼ばれる道が峠越えをしています。前日までの寒波が運んできた雪も、路面にはなくなって、ノーマルタイヤで通ることができました。(「冬用タイヤ着装」という看板がありました。)

神宮寺下の臨時駐車場に着いたのは、16時を過ぎたころでした。すでに満車状態でしたが、軽自動車の入るスペースを見つけとめることができました。

山門をくぐり、のどかな、味わい深い参道を歩きました。

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山伏すがたの修験者が前を行きます。神宮寺の坊に入られました。

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境内に結界が張られ、中央に護摩壇が用意されていますが、まだ人もまばらで、がらんとした雰囲気です。

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神宮寺という名が示すように、神社と寺院がいっしょになった、古い時代のお寺です。明治の神仏分離・廃仏毀釈をのりこえ、昔のままにあるそうです。お水送りの神事を守ってきた、「観音講」の方が話してくださいました。その日も、観音講の方たちは、最後の段取りに余念がありません。

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16時前になると、かがり火が焚かれ、提灯に灯が入りました。

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16時、そしてホラ貝の音が響き渡ると、修験者を先頭に、神事をつかさどる人たちが堂上します。

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堂内で行われる神事(修二会)は、灯りが消され、読経の声が聞こえる中、粛々と進められているようです。わたしたちは境内で、じっと待つだけ。

やがて真っ暗な堂の中に、小さな灯り。徐々に大きくなって、堂の中が真っ赤になる。

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巨大な火の塊が飛び出してくる。赤装束の僧が、回廊の端で、燃え盛る松明を持って振る。そして反対側でも。


YouTube: 若狭神宮寺修二会(お水送り)

その火は護摩壇に運ばれ、修験者が、斧、弓、剣で結界内の魔を払った後、大護摩に移される。修験者の般若心経と、ほら貝の鳴り響く中、護摩の火は、天も焦がせと燃え上がる。

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護摩の火は、大たいまつに移され、ほら貝に先導され、境内を出て「鵜の瀬」に向かう。その後に、二月堂に送られる「御香水」(清浄聖水)が運ばれる。さらに後ろには神事関係者の中松明、一般参加の手松明が続く。

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神宮寺から鵜の瀬まで約2km。数百メートルに及ぶ光の帯が、ゆっくりと進んでいく。都会のような人口の灯りはなく、太古からある火の灯りのみ。人と神が触れ合える時かもしれない。

鵜の瀬の鳥居をくぐると、河原に護摩壇があり、火が移される。

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真っ暗な川べりが、そこだけ昼のような明るさ。川面に松明の火が映える。読経と、ほら貝と、川の音が、溶け合って分かちがたい、。

護摩の最火勢の中、白装束の水師により、御香水は川の淵にそそがれ、送水神事が滞りなく終わる。残念なことに、この神事のクライマックスは、松明や篝火の煙の向こうになって、見ることができなかった。

直会までは見ず、山を下る。路面は凍結していて、風も冷たい。粕汁の振る舞いに、体がほっと和らぐのを感じる。おいしかった。駐車場までは。バスで帰る。以前は無料だったが、今回は200円也。松明も1000円から1500円にアップしていたなあ。

帰宅したのは、日付の変わる少し前だったが、夜更かしする値打ちのある、行事だと思う。

コメント

ヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ、迫力やね。

日本海の方は、未だ少し雪が残っていたんですね。

京都南丹の美山は、1日、2日と吹雪いたはずなのに、4日の日には溶けてしまい、

茅葺きに積もる雪を写真に収めることができませんでした。

しかし、スゴイ火炎の迫力ですね。

スポーツ選手の方がよく護摩行をしておりますが、目の当たりにしたらその迫力に尻込みしてしまうでしょうね。

行ってみたくなりました。(護摩行はしませんよ(笑))

ではでは~

涼太papaさん

栃木や横浜から来ている方もありました。
待ち時間は、そういう人とのおしゃべりで、あっという間です。

papaさんには、東大寺二月堂の方をお願いしましょう。
御香水は、地下水脈を二月堂の若狭井に向かって、今京都を過ぎたところでしょうかね。
松明の数は二月堂の方が断然多いので、papaさん撮りがいがありますよ。

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