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歳時記

カテゴリ「本」の7件の投稿 Feed

2015年4月14日 (火)

【1525】植物図鑑とお茶

暖かくなって、山菜のシーズン (ある本では「狩りのシーズン」と) がきました。
丁度、畑の野菜の乏しい時期で、散歩に出ると食べられそうな野草に目が行きます。

今のところ胃袋に収まった野草は、
フキノトウ、フキ(葉と茎)、ヨモギ、ワラビ、セイヨウアブラナぐらいしかありませんが。

そんな生活をしているので、先日図書館で、「植物図鑑」が目に入ったとき、久しぶりに読みたくなって借りてきました。
冒頭の”ある本”というのはこの植物図鑑の事です。

読み返してみると、クレッソンを忘れてたとか、ノビルはもう遅いかなあと、自分の盲点に気付きました。
植物図鑑の舞台より、私の住んでいるところのほうが田舎ですから、そこに出てくるものは全部そろうのではないでしょうか。

さて読み返していて、前に気付かなかったことで、「おやっ」と引っかかるところがありました。
主人公のカレ氏は、野草で美味しい料理を作ったり、薄味で材料本来の味を生かしたりする人なのですが、
お茶はペットボトルのお茶なんですよ。

わたしは、ペットボトルに入って売られているお茶を、美味しいとは思いません。
のどが渇いているときに、水分補給として飲むことはあっても。

でも、お茶と言えば、ペットボトルの黄色い液体がノーマルな時代になったのですね。

2014年7月 6日 (日)

【1437】十二国記(小野不由美)

図書館で、「十二国記 黄昏の岸 暁の天」を見つけて、発行日を見たら、今年の4月になっていた。じゃあ絶対見てないわ、と借りて読み始めたのだけれど、なかなか話の中に入っていけない。

このシリーズを読み始めたのは、娘の高校時代だったか、大学時代だったか。とにかくかなり昔で、これ面白いよと言われて読んだ。その頃出ていた全巻を読んだと思う。続きがありそうなのになかなか出てこないから、随分じれて、そしてあきらめた。

今新刊を読み始めたが、設定を忘れてしまっているので、話がよく呑み込めない。
たとえば、この国には、麒麟と王の一対がいるのだが、そのそれぞれの国のコンビが思い出せない。役職名が思い出せない。登場人物の説明も、前回のあらすじもないから、最後がどうなっていたのか思い出せない。

ということで、今悩んでいる。
もう一度最初から読み直しておさらいをするか、わからないまま取あえず読み切ってしまうか、新刊は出なかったものとして忘却するか。あの頃面白かった本も、今読んでも面白いとは限らないし・・・・

時々こういう本に出会う。若いころ読んで、待っても待っても続刊が出ず、やっと出たころには興味がなくなった本。
アルスラーン戦記(田中芳樹)
風の大陸(竹河聖) 
宇宙皇子(藤川圭介) 

2012年3月 4日 (日)

【1222】魔女の宅急便

Photo 角野栄子さんの講演会に行きました。角野さんは「魔女の宅急便」の作者です。演題は「魔法は一つ」でした。

「魔女の宅急便」はジブリの映画で有名になりましたが、角野さんの原作と違うところはたくさんあります。それでも、キキの暮らすコリコの町の雰囲気はピッタリです。

「魔女の宅急便」のほかにたくさんの児童文学を書かれていますが、ほかの本は読んでいないと思っていました。けれども講演の中で出てきた、74歳のおばあちゃんライダーが、生まれ故郷を訪ねる「ラスト ラン」という本は、5年ぐらい前に読んだ記憶があって、「ああ、あれは角野さんの本だったのか」と改めて思いました。たぶん「魔女の宅急便」の作者というキャッチフレーズと、表紙のライダースーツのおばあちゃんと真っ赤なバイクに惹かれて読みだしたのだろうと思います。そしてなかなか心に残るお話でした。http://www.kadokawa.co.jp/sp/201101-04/

講演の中から書き留めたこと

物には見えない世界と見える世界があって、魔女というのはそれを同時に見ることができる人をいうのだと話されました。(魔女という言葉は、日本語に翻訳するときにできた言葉で、日本的な位置づけでいえば「巫女」「やまんば」などかもしれないと)

アラジンのランプのように魔法で何でもできるというのはあまりにも現実的ではない。でも使える魔法が一つならあってもいいのではないか。そして一つしか使えないゆえ、いろいろ工夫して成長していくものではないのだろうか。

誰にでも魔法はある。その魔法を見つけて、生き生きと生きることができる。

「魔女の宅急便」最終巻で、キキの息子(⇒魔女じゃない)は自分も魔法を見つけるために旅立っていく。物語はこれで終わりじゃない。読み終えたときから読む人の物語は始まるのです。

2011年11月27日 (日)

【a45】涙なみだナミダ

ーと久しぶりに図書館のコミックコーナーをチェック。

おっ、「エンジェル・ハート」がだいぶ増えてるな。何巻まで読んだのかなあ。確か二十巻は過ぎてたはずだけれど・・・・このあたりから読んでみるかな。

手近の椅子にかけて読み出したけれど、すぐに涙腺がゆるみ始める。いい年のおばさんがコミックを読みながら泣いてるなんて、人に見られたらきまりが悪いから、さりげなく手で払う。しかし払いきれず溜まった涙が鼻涙管を流れ落ち、今度は鼻水が出てくる。ちり紙を出して音がしないようにかむのだけれど、かんだ端からまた流れ出る。・・・もー涙腺全開、ってっか壊れてるんじゃない。

そんなわけで、これ以上図書館で読めないわと、8冊を借りて帰りました。夕ご飯の仕度をチャッチャと済ませば、心置きなく泣きながら読めます。ティッシュペーパーの箱とゴミ箱をそばに置き、図書館の続き泣き。鼻と涙でぐしゃぐしゃの顔でも、誰が見ているわけじゃなし。・・・・あっ!ティッシュ出てこないと思ったらなくなってる・・・・

北條司さんて、絵がうまいし、ストーリーもおもしろいし、すごい作家さんだと思います。『あのハンマーはどこから出てくるんですか?』なんて質問するバカは、北条さんの作品読まなきゃいいのよ。いかにも本当にあることのように書いていて、何処かで辻褄の合わないストーリより、ありそうにないことを平然と出してくる話のほうがずっとスキ。

http://www.comic-zenon.jp/comic/angelheart.html

2010年7月 5日 (月)

【815】僕僕先生

畑の整備がまだまだなのに、きょうは申し訳程度に手をいれただけで、ほとんど家の中に引きこもっていた。そのわけは、読みかけの本。

Photo すこし前、「さびしい女神」(仁木英之)という本を、図書館から借りてきた。その本を選んだ理由は、表紙の絵だったと思う。中身は期待に違わず面白かったのだが、どうもシリーズもので、前があるらしい。その巻だけでも楽しめたが、こういう面白さが、他にもあるのならやはり読んで見たいと思う。

図書館のホームページで調べると、前に3巻がでいいる。早速予約をかけて動かないようにした。翌日になると、「予約資料を用意できました」のメールが次々届く。もう全巻揃っただろうと頃合を見計らって出かけたが、第一巻が揃っていなかった。わたしの市では、合併で市立図書館が6館になった。貸し出し中で受け取る図書館にないと、ほかの図書館から搬送するので時間がかかる。

借りられた二巻・三巻を読み始めた。やっぱり面白いなあ。舞台は中華、年代は今のところ不明だが、唐の頃かな。(戦乱の時代ではないようだ) 神々の時代から生きているような美女仙人「僕僕先生」と、ニート青年「王弁」の気ままな旅に、人離れした、また人外の同行者が現れる。はらはらドキドキ、ほろりもあるファンタジー。

読み出したら止められない。読み終わるまでは落ち着かない。というわけで、今日は一日「王弁クン」に振り回されました。晴耕雨読を目指していたけれど、雨の日なんて待ちきれない。
手元にある巻は読み終わったけれど、まだ第一巻が手元に来ない。おおよその想像はつくが、どうも最初が抜けていると、初期設定がわからないので、不安定な気分が残る。

夕方、「予約資料を用意できました」のメールが届いた。雨の日に取りにいくべきかも知れない。

2009年6月15日 (月)

【511】ぼくだけの山の家(My Side of the Mountain)

市立図書館の新刊棚で見つけて予約しておいた本が、「用意できました」と連絡が入ったので借りにいった。予約しておいたのは3冊で、用意が出来たのは2冊だけだった。

一冊は篠田真由美の好きなシリーズだった。こちらを先に読み始め、夕食の支度を手抜きして11時ごろやっと読み終えた。10時には寝ておきたい生活リズムが狂ってしまった。だからさっさと休めばいいものを、もう一冊の本も少しかじっておこう、と欲張ってしまった。

それがタイトルの「ぼくだけの山の家」(ジーン・クレイグヘッド・ジョージ作 偕成社)だった。児童書で文字のフォントが大きい⇒簡単に読めてしまう・・とつい手を出してしまったのだ。読み始めると面白くってやめられず、ついつい読み続け、いつにない遅寝をしてしまった。

Photo 自分ひとりの力でやれる-------
 ニューヨークの家を出て、
 少年サムがむかったのは、
 キャッスル山脈の深い森。
 大木のうろをすみかとし、
 ハヤブサ「フライトフル」とともに
 一年間をすごします。
 すべてを自分で考え、つくり、
 解決してゆくサム。
 やがて、自然とは、そして自分とはなにか、ということに気がつきはじめます。
                          (表紙見返しより)

少年のように心躍らせて読みました。出来るものならこんな生活をしてみたいと思いました。
でも今の自分には、サム少年ほどの、知識も技術もないようです。彼より何倍も生きているというのに。

便利な生活は、人の生活能力を低下させちいるに違いありません。少し前の日本でいえば、マタギと呼ばれる人たちは、こういう風に暮らしていたのでしょうか。文明先進国といわれる日本で、自分の力だけで生きていける人がどれだけいるでしょう。動植物の一部分が、進化という名の元に退化していくように、人の能力も、退化一路のような気がします。

2008年12月27日 (土)

【374】独断日本史

Photo ごめんあそばせ 独断日本史  

       杉本苑子・永井路子   中央公論社

歴史小説の女流作家二人が、どんな話を展開するのだろうと思って読み始めました。

読み出したとたん、ぎょっとしました。
歴史は嫌いじゃなかったので、学校で習った大まかな流れはかなり記憶していると思っていたのに、初っ端から聞いたことがない名前が飛び込んできたのです。

白村江の敗戦は何をもたらしたか」というサブタイトルです。わたしにとって「白村江ってそれなによ」でした。

日本からよその国(朝鮮半島)へ攻め込んでいったのは、秀吉の朝鮮出兵が最初だと長い間思っていました。最近になって、神功皇后の三韓征伐を知ったばかりです。「伝説の」とつきますが、神功皇后の出身地のすぐそばにいながら、これもうかつなことでした。

学校での日本史の時間は、中学・高校とありましたから、どちらでも居眠りをしていて聞き逃したのでしょうか。それとも、戦後10年~15年たった時代の社会の教科書は、まだ混乱の時期にあったのでしょうか。

娘に聞いてみました。「白村江ってしってる?」「知ってるよ。はくすきのえやろ」「ガガァ~ンshock」「そんなにがっくりせんでもええて。さらっと習っただけやったもん」 なぐさめられてしまった。

第一章からこんな状態で、目からウロコ、ウロコ。(何枚鱗が張り付いてるんじゃい。)歴史のこんな見方もあるのかと、驚きの連続。
そのくせまだ読み終わりません。一日が終わると疲れてしまって、目がふさがってしまうのです。若い頃はもっと貪欲に読めたのにと思う反面、実は何にも読んでなかったんかなあと反省もして、毎日少しずつ鱗をはがしています。