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歳時記

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2016年11月15日 (火)

【1651】七尾山登山

七尾山 691m 滋賀県長浜市・米原市
日程:2016-11-12(土) 天候:快晴 メンバー:山友など4名
コース:七尾公民館⇒南池登山口⇒七尾山頂⇒597mピーク鉄塔⇒醍醐登山口⇒七尾公民館

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伊吹山の手前に聳えている「七尾山」。西から見るとその名前意味がよくわかる。頂上から七つの尾根が延びているどっしりとした山だ。ずっと登ってみたいと思っていたが、誘ってくれる人がいて、やっと実現した。

七尾公民館(佐野町)に車を置いて、七尾山の方向に進む。大型車の通行する広域農道を横切ると登山口の標識がある。通行止めにしてあるが、『車両通行止め』と認識して、進む。

ゆるやかな、うっそうとした山道。
・・・と思っているうちに急登が始まる。
踏み跡はしっかりしている。近々に整備されたらしい新しい刈り跡。大きな標識もある。 DSCN7125.jpg

尾根が合流した少し先(550m)で、小野寺からの道と出会うが、一見したところ、踏み跡がはっきりしないように思われた。小休憩の後、また急登に挑む。土橋のような尾根を通り、やや左にある頂上を目指す。
「あとすこし」とか「もうちょっと」という看板が出てくるが、「何分」とか[何メートル」という具体的な数字がないので、「まあとりあえず頑張って歩くか」という気分。

頂上到着。30人ぐらいは入れるように、手を入れてある。

DSCN7136.jpg

二等三角点あり

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南西方向の展望。臥龍山(横山丘陵)の北端部分が見える。隣の尾根の黄葉もきれいだ。東側には、木に遮られつつ伊吹山がのぞめる。

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相撲庭に向かう表示(奥)と醍醐に向かう表示(左)。道がどの程度かわからないが、とりあえず次のピークをめざし、醍醐方面へ進んでみることになった。

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南池コースと違って。あまり使われていない。しかし最近の伐り跡もあり、一応は通れるようにしてある。自然林の尾根を、黄葉を楽しみつつ、足元に気を付けて進む。途中、右手に木立の切れ間から、米原市伊吹町板並地区の家々が見えた。

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最初のピーク(663m)は緩やかの登りの後の平坦な広がり。ルートを示す目印も見当たらないので、しばし思案の後、進行方向にいったん下って、右の高みに向かう。これは正解だった。植林地帯に入り、幹にテープを巻いて鹿害から保護してある杉が並んでいる。。
尾根を選んで進んで、小さなピークに達する。ここからまた、目印のテープが現れだした。

次の鞍部で、こちらに向かってくる人がいた。同じような山歩きの人かと思ったら、害獣調査のために歩いている人だった。この先の下山道について、貴重な情報を頂いた。この人に会ったおかげで、この先の見通しができたといってよいだろう。
ピーク近くの鉄塔まで登って、昼食をとった。

鉄塔より少し上ると、次の大きなピーク(597m)。朱いテープがたくさん取り付けてある。西側が伐採されていて、小谷山から、葛籠尾崎、湖上の竹生島まで見える。
「ここでお弁当にすればよかった!」と残念そうな声が上がる。

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伐採地に沿って下ると、鞍部に醍醐への表示があった。尾根を進む道もしっかりしていて、そのまま進めば、「七曲り峠」と呼ばれる、浅井・伊吹を結ぶ昔からの道に行きつくのだろう。

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所々崩壊した部分では、道を見失いそうになったが、おおむねしっかりした峠道であった。小流れが現れ、程なく谷川の形をとる。

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石の上を跳んで渡っていた川に、しっかりした橋が架かって、軽トラが入るような林道となる。川音や木漏れ日を楽しみながら下って、醍醐登山口に着いた。登山口にはロープが張ってあって、松茸山のため「止め山」となっていた。

醍醐から七尾公民館まで、左に今日の縦走路を見ながら歩いた。

2015年11月25日 (水)

【1555】「流星」発射

隣りの米原市の市制10年を記念して、流星の打ち上げがあると知り見に行った。と言っても「流星」とは何ぞやと、いったい何が見られるのかよく知らないまま出かけたのだった。

雨を心配したが、幸い曇り空。会場の「グリーンパーク山東」は、思いがけなくたくさんの人出。流星の見物のほか、三連休とあってキャンプサイトやテニスコートも賑わっていた。

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田んぼの中に簡単な櫓が組まれ、そこから打ち上げられる。(一般者は周辺立ち入り禁止)バックは伊吹山だ。

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火薬が仕込まれているらしい先端部分、そこから2mほど下に羽状のもの。形としては巨大な「火矢」と言えなくもない。

火薬の導火線に点火。煙が出たと思うと、轟音をあげて空に上がる。空中で落下傘が開き、小さな落下傘をしたがえて、ゆっくり下りてきた。

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YouTube: 流星

パンフレットや、会場でのアナウンスから得た知識だが、「流星」というのは、狼煙の一種だったらしい。関ヶ原の合戦の時、石田三成が佐和山城と連絡を取るために使ったとも言われている。現在保存されている集落は、すべて中山道沿いにあり、それは、関ヶ原と佐和山を結ぶ道でもある。

上空200mぐらいまで上がり、落下傘を開く。村の祝い事で、打ち上げられることもあったらしい。

この地域のほかに、国内4ヶ所に「りゅうせい」が残されているが、他のところでは「竜勢」という字を当てはめるらしい。点火方法も直接火薬の導火線に点火する、一番古い形と言われている。

全部で10発揚げられた。高いところから見たらどうかと、近くの山に登ってみたが、木が邪魔をしたりして、かえって見えにくかった。

青空の下でみたかったなあと、それが残念。

2015年10月16日 (金)

【1548】長浜八幡宮秋季例大祭-薪能と神輿渡御

10月15日、長浜八幡宮の秋季例大祭で催される「薪能」に出かけました。

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日が落ちて、あたりが暗くなる18時20分、神官の誘導で薪能火入れです。

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【演目】
舞囃子 「山姥」 分林道治
狂  言 「附子」 茂山七五三

仕  舞 「巴」 片山伸吾
      「雲林院」 梅田邦久
      「藤戸」 小林慶三

能  「小袖曽我」 古橋正邦、柴田稔

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 薪能囃子にまざる火はぜる音 あおめ

謡の中身が理解できないので、謡が関係している演目は、ほとんど理解できません。ただ、能「小袖曽我」は、どこかで読んだあらすじを、おぼろげながら記憶していたので、かたき討ちに出る前に勘当を解いてもらおうとする、曽我兄弟と、その母の気持ちがなんとなくわかりました。

それに比べて、狂言は分かりやすくて面白いこと。主を出し抜く太郎冠者・次郎冠者の顔つきしぐさも楽しくて、会場のあちこちからも、くすくす笑う声が聞こえました。⇒附子

 境内にくすくすひろがる秋狂言 あおめ

 救急車のサイレン遠し薪能 あおめ

すべてが終わると、参道にたくさんの提灯が並びました。古い町名が書いた提灯です。やがて、よいさよいさの掛け声が近づいてきて、氏子ら60人の若衆に担がれた神輿が、境内に入ってきました。この12日に御旅所へ渡御した分霊の、還御です。

禰宜の手で、分霊は本殿に返されました。神様が移動されるとあって、本殿は真っ暗です。そういえば伊勢神宮の、遷宮の時も真真っ暗の中で行われたなあと思いだしました。その神様のわたられた道に、米が撒かれていました。よくわからないまま拾ってきて、今朝のご飯に混ぜて炊きました。この米の意味は、後で調べておかねばと思っています。

 神渡らす道より拾ふ今年米 あおめ

神輿渡御は、明治から途絶えていたものを、2005年から復活したと聞きました。来年は、御旅所へ渡御されるときから見たいと思います。

2014年11月28日 (金)

【1458】多賀三社まいり

近江歴史探訪の一環として、「多賀三社まいり」という企画があったので参加した。(11月22日土曜日)

三社というのは、多賀大社、胡宮(このみや)神社、大滝神社で、そのほかにも道中の史跡を訪れた。

近江鉄道多賀大社前駅前に集合。車で行ったので、近くにJAがあることを調べておいて、駐車させてもらった。60人が二つのグループに分かれ、時差約40分で出発。多賀大社前駅は初めて行ったが、きれいな駅で、地元の農産物も売られていた。

駅より右手に進み、名神高速道路沿いに進む。途中で下をくぐって反対側(登り車線側)に出る。そのまま多賀サービスエリアのあたりまで来て、細い横道を上るとサービスエリアの一角に出る。ここが第一の目的地「敏満寺跡}であった。 Dscn2987

敏満寺は、浅井、織田の焼打ちにあって消滅したとされるが、古く正倉院文書にも名を残す、一大寺院であったらしい。今、サービスエリアとなっているあたり一帯に、その寺院群があったとされるが、道路工事で調査もされないまま破壊されてしまった。サービスエリア両脇にわずかにその跡をとどめている。

陸橋を渡って下り車線のサービスエリアからさらに裏手に進む。ここも敏満寺跡だったという所から、紅葉ライトアップ用設備がある道をゆく。やがて真っ赤な紅葉の境内に至る。胡宮に着いたのだ。多賀SEに車を止め、この紅葉を見に来る人も多いと聞いた。Dscn2996

胡宮神社も古い神社で、背後の清龍山をご神体としていたようだ。山の上には磐座がある。敏満寺の一部であったとも考えられる。紅葉の見事な神社で、一週間後のNHKおはよう関西で紹介していた。Dscn2993

表参道から出ると、目の前に池がある。大門池という名は、胡宮神社の大門にちなんだ名前で、平安時代からある灌漑池ということだった。また、大門の跡が残っていて、その大きさから神社の隆盛期がおしはかれるようだった。

次に向かったのは、楢崎古墳。発掘調査によると、6世紀から7世紀中期のものという。渡来人の生活をうかがわせるものもがあったようだ。犬上川扇状地の開発に、渡来人が貢献していたということだ。(近くの地名「秦荘」からもうかがえる。)古墳は一基のこされていた。Dscn3003

このあと、大滝神社に向かう予定だったが、ちょっと寄り道をして、高源寺へ。ここの山門は佐和山城の城門を移築したもので、、門だけを見せてもらった。Dscn3005

再び犬上川を渡る。犬上川も、このあたりまで来ると、渓谷の様相を見せてくる。川沿いの紅葉を楽しみながら、大滝神社到着。 Dscn3017

大滝神社は、犬上川扇状地の水の神様を祭る。扇状地というのは、水利が悪く、近代にもたびたび水争いがあったらしい。この神社の前の深みを、「大蛇が淵」と呼ぶ。Dscn3018

ここから、犬上川を離れ、青竜山の裏(胡宮からみて)を抜けて国道307号、多賀大社のすぐそばの広場にでる。。蒸気機関車のある公園は、「かって公園」という状態だ。

「お伊勢参らば、お多賀に参れ。お伊勢お多賀の子でござる」といわれる多賀大社は、八百万の神の祖神である、 伊邪那岐命,伊邪那美命が祭ってある。七五三参りの子供たちが晴れやかだった。ここで解散となった。好天に恵まれ、紅葉を堪能した一日だった。(この後清龍山に登った。⇒【1457】)

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2014年7月28日 (月)

【1441】伊吹山again

伊吹山夜行登山 7/23

梅雨明け前の12日、単独登山をして、まだ2週間もたっていないけれど。今度は友人K氏と二人で。月末に立山へ行くので、そのトレーニングのつもり。

家を出たのは日付の変わる少し前。登山口について、ヘッドランプをつける。(0:20)


平日とあってか、登山者の姿なし。今夜は伊吹をふたり占め・・・・かな?


大嫌いな一合目までの森林帯。ヘッドライトの当たるところだけが明るくて、他は真っ暗。

お次はゲレンデ跡の急こう配を直登。息を切らして立ち止まり、振り返れば街の灯り。

二合目ではまだ残っていたヒメボタルに、いくらか慰められ、三合目で小休憩。
これから登る先を仰げども、頂上も、登山者の灯りも見えない。

五合目、六合目はガスの中。ヘッドライトの灯りの中に、白い流れが見える。

七合目、八合目の険しさを、雲の切れ間にのぞく星に励まされ乗り切る。

頂上の灯りが見えると、なけなしの体力をふりしぼって、前進。

平日の夜の山小屋は、閉まっていて、避難小屋で小休止。先客はいなくて伸び伸び。(3:50)

外は風が吹き荒れ、水蒸気を振りまいている。
汗が引くと、寒さが襲ってくる。ダウンジャケットとウインドブレーカーを重ね着。

外がしらじら明けてきても、10m先がぼんやりとするガス。
御来光はあきらめて5時には下山開始。

下山途中に出会う登山者はかなりの数。
九州からとか神奈川からとか。
「遠くから来てくれたのに、こんな天気でごめんなさい」と思う地元人。
シモツケソウはまだだけど、メタカラコウやイブキトラノオ、イブキジャコウソウ、そのほか登山道だけでも花いっぱいでしたよ。

登山口まで戻って、車で待機の西瓜にかぶりつく。
は~っ!体に染み渡るうまさ。

今回は登りに30分よけい費やしてしまった。体調のせい?

2014年7月 1日 (火)

【1436】誕生日

高齢者割引がさらに効くようになる誕生日。病院と無縁でこの歳を迎えられたことは、大いに喜ばねばと思う。

そんな自分のために赤飯を炊いて、一人この歳の自分を祝ってやろうと思っていた。ところが・・・・

昨日宅配便が届いた。娘からだった。軽くて大きな箱、送られてくる心当たりは全くなくて、いったいなんだろうと梱包を解く。段ボール箱の中から、スポーツ店のビニール袋。さらにその中にギフト用のラッピング。そして透明な袋に何か入っている。

四重に包まれた中から出てきたのは、「登山帽」。

あっ!これってもしかしたら誕生日のプレゼント?

さっそく娘にメールすると、Did you open? Please send me some pictures of it.なんだこりゃあ。漢字入力ができなくなったのお?私の携帯は、それに返すのは面倒なんよ。もたもたしているうちにメール第二弾。Happy birthday☆

帽子は今まで買ったことのないタイプ。店でか試してみたことはあるけれど、似合わないからやめていた。合わなかったらどうしよう。こわごわ鏡をのぞいてみる。あっ、そんな変じゃないわ(ホッ)

え~っと写真ね。畑仕事の服のままでは、帽子が泣くかも。登山服に着替えて、セルフタイマーでパチリ、パチリ、パチリ。服を着替えて、パチリ、パチリ、パチリ。

そんなこんなで、一人楽しくバタバタして過ごした翌朝:

わたしのPCを立ち上げた時の画面は、Googleの検索画面。ここのところ、サッカーのワールドカップ関連の絵になっている。今朝はそれとは関係ないみたい。ケーキみたいなものがあるし何だろう? カーソルをあててみると 「awomeさん お誕生日おめでとう」と出た。

ええっ!!Googleにそんなサービスがあるなんて知らなかった。機械的に送られてきたものであっても、なんだかうれしい。世界中からおめでとうと言ってもらえた気分(ちょっと大げさ)

さあそれでは、世界中から祝ってもらったこの歳を、健康で心豊かに生きることにしましょう。

2013年11月24日 (日)

【1369】第2回のろし駅伝

毎年11月23日は、のろし駅伝の日だとわかっていたはずなのに、つい失念し、寒さに負けて朝寝坊をしてしまった。 9時半過ぎ、ようやくパソコンを立ち上げ、ツイッターを覗いたら、城跡好きのフォロアーが、狼煙上げの現地からツィートしていた。

「わっ、どうしょう!今からだったら、どっこも行けへん」一番近い横山城でも30分では難しい。それに横山城は、公民館と組んで有料イべントをするらしい。だめだー。 結局苦肉の策は、「横山の稜線上でいくつかののろしを観察しよう」という決断。

10時スタートなのに、お茶の用意をしていたら、ますます時間が無くなってしまった。一番の近道は稜線まで直登。へとへとになってたどり着いたけれど、どこにも煙が上がらない。

「あーあ」とふてくされてお茶を飲んでいたら、一筋ののろし。長比城。ここは少し前に行ったことがある。後半の登りがきつかった。男の人たちがドラム缶でのろしを上げていた。あんな大きく重いものをよく持って上がったものだと感心していた。

しばらくしてから、モクモクと大きく上がってきたのは、八講師城。あそこへ行ったのは、一昨年。林道を車で上がってから、奥に入った。自治会とか婦人会・子供会の有志の人たちと子供がいっぱいいた。大広間跡では、子供たちに焼き芋が焼かれ、わたしもお相伴にあずかった。ここののろし台は、トタンを巻いて作ってあった。

結局この二つしか見えなかった。上平寺は、弥高百坊の尾根で見えないと思っていたが、弥高でも揚げられたらしい。虎御前山は見られると思っていたが、横山尾根の陰になっていた。一番近くの横山城も、見えなかった。ここは発煙筒なので、煙の量も時間も少ないからかもしれない。

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 高々とのろし揚げ終え山眠る  あおめ

2013年10月16日 (水)

【1363】薪能-長浜八幡宮秋季大祭

毎年10月15日 長浜八幡宮秋季大祭に、薪能が奉納される。都合がつけば見に行くというのが近年の事。

しかしながら、狂言はともかく、能は全く分からないというありさま。
今年聞いた耳寄りな話。薪能に先駆けて、能の予習会があるという。 場所は今重屋敷能舞館。今年はまずそこから。

14:20 かぶりつきに陣取って話を聞く。

今年の薪能の演目は、「鞍馬天狗」 
①そのあらすじと見どころについて。
②能面の解説。
③仕舞「鞍馬天狗」の一部

鞍馬天狗とは、鞍馬の山に入る大天狗のこと。その天狗と、幼き牛若丸との交誼が演じられる。前半の見どころは、子供がたくさん出てきて華やかな舞台になること。後半の見どころは、別れがたい二人の情愛の場面。

能面についても、興味深く聞くっことができた。人ならざる者(亡霊、鬼、天狗、神など)が、面をつけることが多いとか。鞍馬天狗は、初めは人の形(修験者)で登場するときは、面はなく、天狗となった後半で、べし見悪尉の面で現れる。(小書きに白頭とある)

Besiaku_3 口は結んでいて、口髭は上向きに植えてある。かぶりつきで面をしげしげとみせていもらったが、実際の能舞台では、距離があり、また頭髪がついていて、ただ怖い顔としかわからなかった。前もって見せてもらっていてよかった。

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あいにくの台風。しかし中止にはならなかった。今までの経験から寒さは十分わかっていたので、雨の日の登山に準ずる重装備。これが功を奏したか、雨にもかかわらず快適に能鑑賞ができた。
18:20篝火に日が入れられた。そして予習のおかげでこれまでになく、内容を堪能することができ、うrしかった。

狂言は「棒縛り」 茂山七五三の名演で大いに笑った。

薪能終了後、神輿が還御した。

 

2010年11月23日 (火)

【897】のろし駅伝

Photo第9回近江中世城址琵琶湖一周のろし駅伝」長いけれど、どうやらこれが正式名称のようです。
私が注目し始めたのは、3回ぐらいのときでしたが、もう9回を数えるようになりました。参加する城跡も増えて、聞きなれない名前や、県外の城址も加わって50箇所を越えました。

毎年11月23日がこのイベントの日です。今年は、来年の大河ドラマのオープニングとなる小谷城が始点です。10時に小谷城で上げられたのろしは、時計回りにリレーされ、琵琶湖の西岸を回って小谷城へ戻ります。

今年は、地元横山城址でのろしを見ることにしました。家をでるのが遅くなってしまって、近道をして城址に急ぎましたが、小谷城ののろしは見ることができませんでした。横山城があげたのろしは発炎筒ののろしです。それを引き継いだ、上平寺城、八講師城ののろしを確認することができました。

今年は紅葉が遅く、雑木林は、今紅葉の真っ盛りでした。

  城址を繋ぐのろしや冬晴るる  あおめ

2010年11月21日 (日)

【895】バードソン

Photo 見つけた鳥の種類を競う競技があるとは知りませんでした。その競技は「バードソン」といいます。チャリティイベントとしてイギリスで始まって、1986年日本にも伝わりました。

私の好きな「湖北野鳥センター」は、22歳の誕生日を迎え、その記念イベントとしてバードソンが行われました。2時間の間に、センター周辺でどれだけの種類の鳥を探せるかというものです。野鳥センターは、琵琶湖に面していて、まずその室内の望遠鏡で、水辺の渡り鳥が見られました。そして周辺の田んぼやすこし離れた山には小鳥がたくさんきます。時間の許す限りそのあたりを歩いて、鳥を探しました。

全員が見つけた鳥の種類はというと、渡り鳥は、オオヒシクイ、コハクチョウ、マガモなどのカモ類を始として30種類ほど、山鳥は、ツグミ、ヒタキ、セキレイなどで約30種類ほどです。この中には、日常探さなくても目にする、カラスやスズメも含まれています。

一番たくさん見つけられたグループは、49種類を見つけることができましたが、私たちのグループは42種類に終わってしまいました。グループ全員が確認しないと見た数に加えることができないので、私が足を引っ張っていたのでしょう。

驚いたのは、小学一年生ぐらいの少年が、私なんかよりずっとよく知っていたことです。はるばる愛知県からの参加でした。そして常連さんの多いこと。みんなとっても鳥に詳しいのでした。その中で何も知らないに等しい私は、肩身が狭いものがありましたが、かといってこの楽しさをやめる気にもなりませんでした。

  小学生に教えを乞いてバードソン  あおめ